一般社団法人 日本アーユルヴェーダ学会

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アーユルヴェーダに学ぶ

      子どもの健康のしつけ

            藤森 弘

 

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子育てで、子どもに墓本的生活習慣を身につけさせることが大事なことですが、いまの日本ではそれが非常に欠けていると実感します。とくに、何が基本であるかのよりどころか見失われているでいるのではないでしょうか。子どもが無理なく実践することができ、子を育てている親をも納得させることがでさる生活習慣の習得法が、いま、求められているのです。


 そのことに関して、アーユルヴェーダが最良の典拠になるというのが、今日の私の発言の主旨です。いま、日本の子どもの問題は、不登校、学級崩壊、いじめ、殺傷事件、家庭内暴力など数え出したらきりがありません。それに加えて、ちょっとおかしい子どもの状態があります。ちゃんと立っていられない。どこでも、座れるところがあればペタンとお尻をつけて座ってしまう。


 しらけた無愛想な顔。笑わない。怒りやすい。人にすぐぶつかって歩く。ぷつかっでも平気。


 あるいは、不器用で雑巾もしぼれないなど……。21世紀、この子たちは生き抜けるかしらと心配です。このような状況は、健やかに育てることに失敗したからなのです。言葉を変えれば、お叱りを受けそうですが、私に言わせていただきますと、躾け損ない、あるいは、全然躾けけなかったことのつけが、いま出てきていると思います。問題は、21世紀に向けて、躾けということをどう考えるかということです。とくに健康という面で、躾けをどう取り戻していくかが大事です。このことを、私は、アーユルヴェーダを援用しながち考えていくつもりです。


 いま、躾けという言葉を極端に嫌う人がいますね。特に君い方はそうで、躾けを拒絶される方もいます。私は躾けと言っているのですが、そういう方はその上に「お」をつけます。つまり、押しつけととって拒絶するのです。とにかく子どもに有無を言わせすに、大人の思惑を無理矢理押しつけるというようなことを、私は言っているのではありません。子どもが、「もっともだなあ、これはわたしの体にぴったりだ」と思い、教えてもらったことを、自分で率先してやるというごとをどんどんさせでやる、そういうことを教えでやるのが躾けなんだと思っています。先ほど紹介されましたように、丸山博先生がアーユルヴェーダ研究会を開かれて何回目かの会のとさに、そこに居られるシャルマ先生が講演されまして、私は、アーユルヴェーダは遥か向こうの非常に手の届かない高嶺で、そこへの道は狭く、極めて険しいと思うと感想を述べましたら、シャルマ先主は「そうじやないよ。平坦な緑いっばいの道なのだ。アーユルヴェーダの実践はそんな苦労するものではないのだ」とおっしやったことをいまだに覚えています。アーユルヴェーダに依拠すれば、子どもの躾けも、平坦な緑いっぱいの道を行くように、さわやかにのぴのびと進めていくことができるように思います。
いま、健康を損なう、日常生活上の問題点を考えてみましょう。


 生活に能率・スピードを迫求しすぎる。つまり、結果ばかりを求めて、過程を無視する。安楽の追求。快適を迫求しすぎて、"快"にも限度があることを知らない。まとめると、生活の省力化、あるいは、運動不足です。


 おやつのだらだら食い、生活リズムの乱れなど、ものごとの区別をはっきりつけない。テレピづけ・テレピゲームぴたりなど、これは、生活の規範が行方不明と言ってもよいでしょう。


 大気汚染、水質汚濁、騒音、振動などの公害。有害食品・化学繊維・新建材の氾濫。電磁波・遺伝子組み替え食品・「環境ホルモン」などの新しい問題など、これは、生活の資材・環境が有毒化、有害化してしまっている。この3点は30年以上も前からの問題です。子育ての間題は、この生活の問題の中にあるわけです。こんな生活をしていますと、21世紀は病気の世紀になってしまうのではないでしょうか。 心配です。


 運動不足による病気として、冠動脈性心疾患・高血圧・糖尿病・腰痛・肥満は当然考えられるのですが、情緒不安定が指摘されています。特に青少年の情緒の破綻が問題視されていました。「運動不足病」が唱えられたのは、アメリカで、1961年でした。いまの日本人の運勤不足はひどいもので、当時のアメリカ人の運勤不足をはるかにぬいています。冒頭に述べた、日本の子どもの心の諸問題の解消には、適切な運動をさせることだと思いますが、文部省は、学枝での体育の時間を削減してきました。


 ストレスによる心身症は、ますます増えるでしょう。


 アトピー性皮膚炎・ぜんそく・花粉症など、アレルギーによる病気もますますはびこるでしょう。 アレルギーによる病変は、全身どこにでも現れますから、脳のアレルギーがあってもよいのです。情緒不安定・心身症・アレルギーによる脳の変調と、21世紀は心の病気の時代です。心の問題に対しては、アーユルヴェーダが有効です。運動不足もストレスもアレルギーも日常生活の過ごし方の錯誤で起こります。つまり、生活習慣の不確立・不適切が原因です。


 アーユルヴェーダに書かれた日常生活の過ごし方は、生活の規範としての意味を持ちます。 前述した躾け嫌いと同じように、規範嫌いも少なくありません。一例を、お話ししておきます。ある幼稚園の園長さんが、園児に、箸の持ち方を指導したのですが、その翌日、「私の子どもに余計なことをしてくれないように」と言って、大勢の保護者がやって来たそうです。 その言い分は、


 箸の持ち方は唯一こうであると押しつけないでくれ。いろいろな持ち方があってもよいではないか。


 どんな持ち方をしても、食べることができればよいではないか。 そういうことを言ったそうです。箸の持ち方は文化です。食文化の一要素が箸なのです。日本の食文化を育てたのは箸、あるいは食文化に育てられたのが箸なのです。子育ての中で、伝承文化が重んじられず、消えていくのは悲しいことです。子育てそのものが伝承文化ですから、その要素である躾けが無視され、拒絶されるのは必然なのでしょうか。なし崩しに、何もかも拒絶されては大変です。最抵限度のところは守りたいものです。それが、基本的生活習慣だと私は考えています。基本的生活習慣は、健康の設計図だと考えてもよいでしょう。すなわち、起床、食事、排泄、歯磨き・手洗いなどの清潔、時・所に応じての衣類の着脱、あと片づけ、笑顔での.挨拶・返事、そして睡眠で、いずれも、健康と有意義な生活のために欠かすことはできません。


 ところが、いまの日本の子どもの日常生活では、目茶苦茶なのです。


 基本的の意味を、私は、ずっとさかのぼって500万年前から続いてきたからこそ基本なのだと考えています。そんなに続いてきたものなので、はるか未来にまで、変わらず続いていくに違いないからこそ、基本なのだと言ってもよいのです。500万年前、サルからわかれて、二足直立歩行を始めた私たちの先祖の体の中に組み込まれていた遺伝子に書き込まれていた、プログラムが原型だと、私は考えています。そのプログラムが、たかだか40年の生活様式の変化で、その変化がいかに劇的なものであったといえども、変わるはずはないと思います。それで、いろいろな健康障害が生じているのです。40年というわけは、わが国の高度経済成長政策のスタートが1961年で終結が1970年だったからです。たしかに所得が倍増し、便利な生活用品ができましたけれど一。500万年間のヒトの生活の歴史を踏まえて、基本的生活習慣の意味を考えてみましょう。


 ヒトは地球の上で生きている動物ですから、地球からの影響は避けられません。まず、地球の引力の作用です。これは、二足直立歩行とか、姿勢の保持に妨げになる。言いかえれば、努力を怠れば、つまり、運動不足の状態を続ければ、姿勢がくずれ歩行も困難になるのです。ついで、地球の自転で生じる、昼と夜の交代。これは活動と睡眠のリズムですが、いまは、夜になってもなかなか眠らない子どもが多いのです。そして、地球の公転で生じる四季の変化。これに対して、冬は暖房の、夏は冷房のし過ぎの弊害は数々あります。


 動物は、すべて、生きるために食べねばなりません。基本的には、飢え、つまり空腹が出発点になって、食べ物をさがすというのが、先祖伝来の食様式なのに、いまの子どもは、大人もですが、飽食のあげくの肥満・糖尿病という問題に悩んでいる。食べれば排泄しなければなりません。毎朝、気持ちよくどっさり排泄するのが大事なのです。そういう排泄ができたら、やったあ一という達成感、同時に爽快感、そして、身軽になった安心感を得ることができます。毎朝、この三つの感じと共に一日が始まるという生活習慣を,身につけるのは一生の得なのですが、いまの子どもは3日に一回はざらにいて、l週間も出ない子もいるのです。家族いっしょの食事もだんだんしにくくなっています。


 500万年の間に、ゆっくりと、社会を形成して、文化を持つようになった人間に必要な生活習慣も、いま、崩れかけています。敵でないことをしめす挨拶およぴ、それにともなっての笑顔・動作・言葉がうまく表現できない子どもも増えてきました。500万年前のことは推測なので、うそだと言われれば反論できませんが、われわれは歴史をさかのぼって、一番古い資料を参考にすることができます。それがアーユルヴェーダなのです。5000年前のものですが、私が知りたい500万年前の生活習慣が、もちろんそのままではありませんが、現代日本人の生活習慣を反省するための参考にしうるくらいは反映されているものと思います。


 子どもの間題に関心のある方におすすめしたい書物があります。V・B・アタヴアレー著『アーユルヴェーダ式育児学』(春秋社)です。わたしたちの会員の潮田妙子さんと同じく会員のクリシュナ・U・Kさんの共訳です。この中に、「一日のきまりと、四季折々の暮らし方」という章があります。さきほど私が述べた基本的生活習慣の諸項目はすべて書かれています。そのほかに子育てで必要な日々の躾け方がくわしく書かれています。始めに、私は、いまの日本は日常生活の規範が行方不明と言いましたが、アーユルヴェーダの中でそれを見つけることができたという感がいたします。アーユルヴェーダの小児科の目標は、「すべての子供たちが健康で、幸福で、しかも社会的責任を果たしうる大人に育つように手助けすることです」と、著者序文でアタヴァレー先生は書いておられます。躾けた結果、どんな子どもに育て上げるのかが問題です。子育てとは、子どもを大人にするだけではなくて、大人になってから、世の中のためになり、本人にとっても有意義な一生を送って死ぬまでを含むものではないでしょうか。


 ここに、「有益な人生」についての、チャラカ・サンヒターの一節があります[あらゆる]生物の福利を望む人、他人の財産を欲しがらない人、真実を語る人、平安を旨とする人、反省する人、軽率でない人、[義務(ダルマ)と財(アルタ)と愛(カーマ)から.なる]人生の三目的を互いに矛盾なく手に人れる人、尊敬に値する人を尊敬する人、知識と学問と心の平和を自分のものとしている人、老人をいたわる人、愛欲・怒り・妬み・慢心・誇りの感情をよく制御する人、常にいろいろな布施を行う人、常に苦行し、知識をもち、心の安定している人、最高我(アディアートマン)を知る人、物事に専念する人、この世とあの世をよく考える人、記憶力と思慮にたけた人、これらの人に、「有益な」人生はある。これらと反対の「人々の人生は」「無益」である。矢野道雄編・訳『インド医学概論(チャラカ・サンヒター)』(朝日出版社)から引用しました。 私は、子どもには"健康の躾け"方が必要だ、そのためには、基本的生活習慣をきちんと身につけさせねばならないと考えています。ところが、現代日本では、躾け方の規範が行方不明です。しかし、アーユルヴェーダにはきちんと書いてあります。


 21世紀に向けて、混迷している日本の子育てを建て直すために、アーユルヴェーダをさらに深く勉強し直さねばならないと考えます。