一般社団法人 日本アーユルヴェーダ学会

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アフターブ セット駐日インド大使講演
日本の青年及び世界が直面している問題についての構想
ヒューマニズムとユニバーサリズム

インド大使

 

日印の協力の必要性
私と日本の関係が始まったのは、慶応大学の交換留学生として1年過ごしたほぼ40年前にさかのぼります。この40年間の中に、学生の態度、目的意識、そして一般的な行動の傾向が変化したように見受けられます。 


2. 昨年になりますが、三菱商事会長牧原実氏とみすみ商社社長田口博氏のご意見を読んで幾分心配になりました。というのは、先ず、たくさんの新卒の採用をみあわせ、次に外国人の採用をもっと前向きに考えたいというもので、これは新しい情報化時代への調整を図り、会社を知識強化された組織に移行するという姿勢でした。日本の教育システムによって、新卒者には十分な知識やスキルが備わっていないという評価の基に新卒者の採用に抵抗があったのです。


この状況は私が初めて慶応大学に入学した当時と少し異なり、その頃では学生達は慶応に入学する事によって有名な会社に入社でき、終身雇用が確約されていると思っていました。それに比べ、静岡大学の助教授磯田ゆうじろう先生の御話によると、東京大学のカウンセラーを務められていたときに、ほとんどの若い学生が卒業後の人生において、何をしていいやら分からなかったそうで、先生は驚かれたそうです。 


3. 最終目的に関してある程度の困惑があるというのは、どんどん豊かになっていくために、日本人学生は大学の授業の後はあまり勉強しない事が原因となっているのではないでしょうか。実際に国立教育研究所が40カ国について調査を行った結果、日本は一生懸命に勉強にいそしみ、下校後も家で勉強する国のリストにおいて、18位にランクインしました。 


4. 同じように、日本青年研究所所長千石保氏によると、2年前の結果ですが、日本ではわずか14歳にして将来の希望をあきらめかけ、日本の学生のうち、51%が卒業後は重責をかかえるハイレベルの仕事を希望していないという事が分かりました。 


5. 今年の3月に電通人間学研究所が行った調査結果において大変おもわしくない統計を発見しました。これは日本、中国、インド、そしてアジア、ヨーロッパ諸国における青年についての調査結果ですが、自国が改善されるであろうと希望を持っているのは、日本において31%、インド68%、シンガポール79%、そして中国では89%でした。では、世界においての将来についても同じような結果が得られ、改善の希望をもつ日本人は33%、インドは57%という中国を上回った結果となりました。またグローバルな環境の向上についても質問されたところ」改善されるだろうと答えたのは、インド人中53%で日本人の間ではわずか19%でした。


 6. 同じく懸念されるのは、たった56%の日本人がもっと家族と時間を過ごしたいと答えたことで、インド人は86%、タイは84%という結果でした。


 7. このような、日本の青年にみられる無関心、熱意と目的意識の欠乏と共に、私達が現在生きている環境の急激な悪化と枯渇していく天然資源と人口増加の不均衡是正への苦闘によってもたらされた、日本においてもっと広範囲で実際に私達がこの世界において直面する問題に目を向けていかなければならないと思います。この様にして着実に増大している石油と天然ガスの必要性をめぐり、紛争が発生しています。貴重な石油、天然ガスなどの産出地域の多くが中東、アフリカの一部、そしてラテンアメリカにあり、政治的にも幾分不安定で、産出国から南アジアそして必要なエネルギーの90%を海外に依存している日本を含む消費国へ石油とガスを輸送するのもまた問題です。これは、領土問題をめぐって紛争が発生しうる地域の一部である南シナ海を輸送船が通過しなければならないからです。


 8. 従来水は無限の資源だと思われてきましたが、私達は世界において水資源の70%を生態学的に乱し、汚染し、破壊してきました。農業水、都市工業水の需要はふえつつある中、河川が共有されている地域で利害の衝突は未だ解決されていません。例えば、ナイル川はエジプトとスーダンによって、ヨルダン川はヨルダンとイスラエル、ティグリスとユーフラテスはトルコ、シリア、イラクそして他の国に共有されています。


 9. そして又、地球の温暖化問題も悪化し、これは最終的結果を無視し自己的に天然資源を近視野的に利用し、大気に無制限に排出される有毒ガスによるものです。もしも、この傾向が阻止されなければ、何千平方マイルにわたる沿岸地帯は浸水し、モルジブやミクロネシアなどの島国はなくなってしまうと言う恐怖があります。


 10. 最近の狂牛病の発生に関しても、人間が自然の協議に反し、牛のようになおとなしい動物に羊のくず肉を与え、共食いまでさせ、仲間の死体のすり身まで与えた結果におきた問題なのかもしれません。「グローバリゼーション」における、このように悪化する傾向は終に頂点に達し、最近の劇的な爆破事件に至ったのです。これは、本質的には怒り、挫折、絶望なのですが、想像を絶する破壊的なテロ行為によって表現されたのです。 これは、グローバリズムの歓迎しない面であり、日本だけではなく、世界中め青年にとって、問題となります。一体どこで間違えが起きたのか、そしてこの状況をいかに修正していこうか、私達は深く考える必要があると思います。


 11. この惑星にこいて崩れやすい生態学的バランスを威圧しがちである、憤りの暴力的表現や破壊的テロ行為に陥る事もある、いわゆる発展、愚かな富みの追行、そして欲の力と戦うために、本質的に非暴力的なプロセスを故意に暴力的に表現するとしたら、インドと日本の文明遺産が十分な弾薬を私達に与えてくれると確信しています。


 12. インダス文明と偉大な宗教的、哲学的伝統の起源はインドで、他の偉大な宗教的、精神的伝統の動きとは異なった重要な点は、アブラハム教団で、今日のイスラエルとパレスチナの領地に起源したものです。この重要なインド文明の特色というのは、インドの哲学的な伝統であり、抱合的なオリエンテーションなのです。個人は崇拝の手段、又単数であろうと複数であろうと、何千に及ぼうとも信仰する神々について自由があり、厳格な宗教的なテキストも、教理もなく、ヒンズー教徒や仏教徒やジャインに宗教的で哲学的な伝統であり、取捨選択可能で寛容な精神を持つ者を魅惑する柔軟性を与えました。この包含性のある哲学と人生へのアプローチは日本などのインド文明に接触した国々に影響を及ぼしたのです。もちろん、この影響力に関しては、国によって違いますが、この包含的なディメンションの概要は顕著であります。


 13. この包含的なアプローチにおいて、この哲学的なオリエンテーションが持つ別の特色というのは、インドの伝統の中で個人が置かれている台座が高い事です。救い、目覚め、開放、悟り、自由への探求は、いかなる厳格な倫理や道徳の法典にも拘束されないのです。事実上、具体的であろうとも、たとえ抽象的であろうとも、個人に表現の自由を与え、芸術的であろうとも、虚無主義的であろうとも、又精神的であっても物質的でも、個人に選択があるのです。この選択の自由は、自分の知識を求め、知識の後に得られる目覚めにおいて、インダス文明のように個人を重要とする文明にとって特別なのであります。これは、日本のような国には普及されていないものです。日本では儒教の影響が大きく、これは、社会の崩壊に至るような個人の熱望は許さず、調和の維持、個人の環境に混和する事が重要視されたものです。


 14. もちろん、これにも例外があり、豊臣秀吉、徳川家康等の立派な指導者、そして黒澤明のような偉大な映画監督、小説家三島由紀夫、明治維新の知識人福沢諭吉、織田信長や大久保利通などの強い個性と指導力を持った偉大な個人主義の人々もいました。


 15. インダス文明と先に述べたその特色に関してですが、フロイドのような西洋の心理学者が潜在意識を探求しはじめた約2,400年前、仏陀の時代とその前に現れたインドの思想家は、人間の心理に深く入りこみ、潜在意識の神秘を解明することに積極的に取り組みました。結果は、全てが万物の教義によって説明され、命を持つものも持たないものも同じ命の力に溢れ、故に全ての自然、山や川、石、動物、植物、そして人間がお互いに調和し共存していかなければならないというものです。.日本の仏教の言葉で言えば、調和は「エッショフニ」と言います。このコンセプトは古代日本の神道の信仰からのもので、自然への崇拝と自然が私達に与えてくれる恵みが、深く自然の精神に刻み込まれているのです。

つづき