一般社団法人 日本アーユルヴェーダ学会

一般社団法人 日本アーユルヴェーダ学会

略年史

☆1967年(昭和42年)9月
幡井勉氏ら日本民族医学研究のメンバーを中心として、 インド伝承医学研究会が設立 された。以後月1回の勉強会がもたれた。
☆1968年(昭和43年)12月
インド伝承医学研究調査視察団(赤木志津子、石原明、馬越 官、大庭圭子、岡部素道、 須田春子、幡井 勉、円山槇雄、丸山博)が結成され、 インドに向けて出発した。
各地のアーユルヴェーダ大学ならびに研究所を歴訪し、1969年1月帰国した。
1969(昭和44年)4月
大阪大学医学部において、丸山博教授指導のもとにアーユルヴェーダ・ゼミが開講された。以後、毎週火曜日に開催されるこのゼミを中心として、多方面の人々が参加する。
1969年(昭和44年)
前期ゼミをふまえて、毎週火曜日に読書会が開催される。使用されたテキストは次のようである。
  • ・Ayurveda in the history of medicine
  • ・The glory of Ayurveda、Past、Present and future
  • ・Hindu Medicine(Zimmer H. R. 1948)
  • ・Caraka Samhita
  • ・インド医学における科学と論理(善波 周1961)
  • ・インドの科学技術(善波 周1944)
Caraka Samhitaは、板倉裕之氏を講師として、原典よりの訳出を行なった。Hindu Medicineは難波恒雄氏をむかえて行なった。
1970年(昭和45年)
英訳本を対照しながら、時には原典にもどりながら、「チャラカ本集」(大地原誠玄訳1934~5)の現代国語訳をはじめる。Caraka Samhitaの原典からの訳も平行して進められる。 なお、薬物の考証にも着手した。

『アーユルヴェーダ研究』第0号 発行 吉田集而編集人
1971年(昭和46年)
アーユルヴェーダ研究会発足 代表 丸山博 事務局 大阪大学医学部衛生学教室 『アーユルヴェーダ研究』第1号発行 以後毎年 『アーユルヴェーダ研究』を年刊にて発行  第6号から学術刊行物認可
1975年(昭和50年)
第1回アーユルヴェーダ研究総会 大阪府河内長野市 観心寺 参加者 30名
1977年(昭和52年) 
第2回アーユルヴェーダ研究総会     神戸市・関西地区大学セミナーハウス 参加者117名
第2回総会時から1984年まで事務局長に山内宥厳就任 1984年まで毎月月例研究会を阪大中川研究室にて開催。 以後 毎年1回研究総会を各地で開催するようになる。
1985年(昭和60年)
事務局を東京へ移転。理事長 幡井勉 代表 丸山博(1996年没)
アーユルヴェーダ通信を年刊の研究誌以外に発行するようになる。
1995年(平成7年)
事務局を富山医科薬科大学へ移転 理事長 難波恒雄
1999年(平成11年)
理事長退職により、本部を奈良県桜井市谷381-1 東光寺へ移転、事務局長 山内宥厳
 「アーユルヴェーダ研究会」を「日本アーユルヴェーダ学会」と改称。 
アーユルヴェーダ研究29号発行 編集 山内宥厳
奈良市で第21回日本アーユルヴェーダ学会研究総会
 
2000年(平成12年)
理事長 幡井勉就任 東京で第22回日本アーユルヴェーダ学会研究総会 アーユルヴェーダ研究30号発行
2001年(平成13年)
福島日大工学部で第23回日本アーユルヴェーダ学会研究総会
アーユルヴェーダ研究31号発行
2002年(平成14年)
アーユルヴェーダ通信・シャーンティマールガを年4回発行が決まる。
第1回アーユルヴェーダ国際セミナーを東京、大阪で開催。
アーユルヴェーダ研究32号発行
アーユルヴェーダ通信・シャーンティマールガ、第13巻 第1~4号発行
大阪で第24回日本アーユルヴェーダ学会研究総会
2003年(平成15年)
第2回アーユルヴェーダ国際セミナーを東京、大阪で開催。
アーユルヴェーダ通信・シャーンティマールガ第14巻 第1号発行
第25回日本アーユルヴェーダ学会研究総会を倉敷で開催予定