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ジャイアント馬場の経歴や必殺技!全盛期の強さや子供はいるの?

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プロレスの偉人・伝説的なスター性があるレスラーの経歴や偉業をまとめていきます。

 

プロレスは時代とともにスター選手が誕生しています。

年代によっては好きなレスラーも変わりますが、普遍的にカリスマを持つレスラーはプロレス好きなら誰もが知っている方が多いですよね。

 

この記事ではカリスマ性・スター性を兼ね備えたレスラーの経歴や過去の偉業をまとめていきます。

今回ご紹介するレスラーはジャイアント馬場さんです。

 

日本プロレス会の宝と言われる存在で晩年はその愛くるしいキャラクターでお笑い番組にも多数出演されていたジャイアント馬場さんの経歴をまとめていきたいと思います。

 

数少ない力道山の弟子として日本のプロレス界の基礎を作り上げた伝説の男の経歴はワクワクします。

 

ジャイアント馬場の経歴

リングネーム ジャイアント馬場
馬場 正平
ショーヘイ・ビッグ・ババ
ババ・ザ・ジャイアント etc.
本名 馬場 正平
ニックネーム 世界の巨人
東洋の巨人
御大
王者の魂
王道
東洋の悪魔
馬場ちゃん
身長 209cm
体重 135kg(全盛期)
生年月日 1938年1月23日-1999年1月31日(61歳没)
出身地  新潟県三条市

ジャイアント馬場さんは、もともと巨人軍にプロ野球選手として入団していたのはあまりにも有名な話ですよね。

 

もしかしたら、プロ野球選手として大活躍をしていた可能性もありますが、やはりレスラーとしての馬場さんの方がしっくりきます。

 

ジャイアント馬場さんの全盛期の強さ!

ジャイアント馬場さんの全盛期の活躍を目の当たりにされている方は、本当に強いレスラーとして認識されていると思います。

 

馬場さんといえば、晩年の活躍しかリアルタイムで見たことのない自分としてはどのくらい強かったのかを想像で知ることしかできませんが、当時日本プロレス会史上最大の巨体を持っていた馬場さんは、世界を股にかける強さだったと言われています。

 

それを証明する逸話として、現役時代に獲得した王座で最高のタイトルはNWA世界ヘビー級王座に3度も君臨したという結果があります。

 

しかもプロレスの神様「カール・ゴッチ」などと同じ時代を生きていたということもその凄さを物語る証拠になります。

 

 

 

馬場さんは巨人でどのくらい活躍した?

 

ジャイアント馬場さんは元巨人軍ということを知っている方は多いと思います。

なぜ巨人軍をやめて、レスラーの道へ方向転換したのか?

 

その理由は、ジャイアント馬場さんは視力が脳の圧迫によって低下していたことが大きな原因でした。

 

手術を成功させた馬場さんは1週間後に退院をしましたが、その後プロ野球から去りました。

 

力道山とは野球選手時代に面識があったため周りの推薦もあってレスラーとして活躍しました。

 

晩年の全日本プロレスの社長になるまでにはかなり波乱万丈がありましたが、同期にアントニオ猪木という最強のレスラーがいるのもすごいことです。

 

 

ジャイアント馬場の家族構成

ジャイアント馬場さんは奥さんと二人の家族です。

 

お子さんはいないようですが、全日本の経営などでかなり苦労をされた方でもあります。

もしお子さんがいたらと思うと、日本のプロレス界はどうなっていたのか、違った方向性に向かったのかもしれませんね。

 

 

ジャイアント馬場のレスラーとしての偉業

世界の巨人として現役時代や晩年のタレント業など日本で知らない人がいないくらいの人物だった馬場さんのレスラーとしての偉業をまとめていきます。

 

ジャイアント馬場の必殺技

恵まれた体躯を生かし、主に、相手のロープの反動を利用したカウンターキックである「16文キック」をはじめ、「空手チョップ」「河津落とし」「ココナッツクラッシュ」など、長身からの落差と重力、相手の力や体重を利用した技を得意技とした。

16文キック
32文人間ロケット砲
脳天唐竹割り
河津落とし(ジャイアント・バスター)
股割き(レッグスプリット)
ランニング・ネックブリーカー・ドロップ
ココナッツ・クラッシュ(ヤシの実割り)
シュミット式バックブリーカー(シュミット式背骨折り)
アームブリーカードロップ(腕折落とし)
サーフボード・ストレッチ(波乗り固め)
コブラツイスト
ドリル・ア・ホール・パイルドライバー
ジャイアント・ニー・ドロップ
ジャイアント・ギロチン・ドロップ(レッグ・ドロップ)
ジャイアント・バックブリーカー(巨人式背骨折り)
ジャイアント・コンビネーション・A
ジャイアント・コンビネーション・B

 

 

獲得タイトル

  • 第49代・第55代・第57代NWA世界ヘビー級王座
  • 第3代・第5代・第7代インターナショナル・ヘビー級王座
  • 初代・第5代・第7代・第9代PWFヘビー級王座
  • 第6代アジアヘビー級王座
  • 第7代・第9代・第10代・第12代・第14代・第16代・第23代・第25代・第27代・第29代・第31代・第33代インターナショナル・タッグ王座
  • 第11代・第13代・第17代アジアタッグ王座 – 3度獲得。
  • NWA世界タッグ王座(デトロイト版)
  • チャンピオン・カーニバル – 7度優勝。(1973年、1974年、1975年、1977年、1978年、1981年、1982年)

ジャイアント馬場の名勝負

 

 

ジャイアント馬場さんの名勝負としては星の数ほどあるのですが、もちろん世界選もすごいのですが、個人的には晩年の試合の方が見ていて目頭が熱くなります。

 

いろんな時代を乗り越えて来て、還暦でリングに上がる馬場さんの勇姿は涙なくして見れません。

 

3対3のマッチで還暦になったばかりの馬場さんと三沢光晴がタックを組み小橋建太、川田利明、渕正信さんらと対決する試合は時折微笑む馬場さんの姿は印象的でした。

 

 

ジャイアント馬場のプライベートの素顔・逸話

 

個人的に記憶に残っている馬場さんの姿といえば、お笑いレスリングのような楽しませてくれるレスラー姿でした。

 

それと同時に「クイズショーバイショーバイ」などの番組でおとぼけした回答者としても印象が強いですね。

 

ただトーク番組などに出演している馬場さんの話を聞くと本当に芯が強い方だという印象があります。

 

何をするにも確固たる自信があって、堂々としている風貌はやはり世界を取った方だと改に感じさせてくれます。

 

眼光の鋭さや、はっきりと自分の主張を述べる姿に尊敬とあこがれを持ちますね。

 

まとめ

 

この記事ではジャイアント馬場さんの経歴をまとめていきました。

 

世界に名を馳せる日本人レスラーとしてこれほど偉大で憧れる人はいません。

個人的にも大好きな人柄で、生き方としても素晴らしい方だと思いますね。

 

リアルな馬場さんに一度でもいいから会いたかったです。

 

 

 

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